| 沿革 |
| 昭和38年 1月 1日 |
地域の要請に答え、愛知県岡崎市明大寺町字仲ケ入にて、米山寮養護部として事業開始(※米山寮は昭和25年4月20日に盲ろうあ児施設の事業を開始し、昭和29年2月12日、社会福祉法人として認可されました。) |
| 昭和43年 4月 1日 |
地域の要請に答え、対象児童が2〜6歳の幼児専門施設「養護施設 米山寮」となる。定員40人の大舎型年齢別クラス編成で運営。 |
| 平成13年 6月10日 |
明大寺町にあった旧米山寮敷地は、近隣の開発による地盤の緩みが指摘されていたが(地すべり危険区域にも指定された)、度重なる地震で倒壊の危険性が生じたため、岡崎東病院のご好意により、愛知県岡崎市洞町字向山の旧岡崎東病院病棟に緊急避難した。 |
| 平成16年 4月 1日 |
新しい家での生活を1年後に控え、その導入として大舎型年齢別クラス編成から、縦割り3ユニットによるユニットケア制に暫定的に移行する。また、家庭支援専門相談員、被虐待児等個別対応職員の制度を導入する。 |
| 平成17年 3月15日 |
明大寺町の旧米山寮建物解体完了し、住所を愛知県岡崎市洞町字八王子1−1に移転する。(ただし、生活ユニットがまだ完成していなかったので、緊急避難先で引き続き生活は行う。) |
| 平成17年 4月 1日 |
対象年齢を変更し、2歳〜18歳とし、就学児受け入れを再開する。
(ただし、途中入所は未就学児の2〜6歳のみとし、就学児に関してはすでにケアしている子どものみ対象とする。) |
| 平成17年 9月 1日 |
心理療法士を採用し、入所児童心理療法事業を開始する。 |
| 平成17年10月30日 |
緊急避難先から愛知県岡崎市洞町字八王子『米山せきれいの郷』に移転する。同時にユニット制から、各家定員12〜14名の独立ホーム制に移行する。 |
| 平成17年11月 1日 |
付属施設である「かるがもハウス」、地域交流ホール「せきれいハウス」運営開始。 |
| 平成18年 4月 1日 |
子どもの定員を45名(各家定員15名)に変更。栄養士を任命。 |
| 平成18年 8月25日 |
かるがもハウス2階を、小規模グループケアを導入した4棟(ルミエール)として居住開始しました。 |
| 平成19年 4月 1日 |
1〜3棟の定員を13名に変更しました(状況によって1〜2名増減あり)。
個別対応職員による「表現療法」を開始しました。
家族療法加算が適用されました。また、心理療法士を1名常勤としました。 |
| 平成20年 4月 1日 |
特別指導員を1名任命しました。将来構想「プティヴィラージュの未来像」を策定し、その実現をめざすことになりました。 |